発熱週間


  
  
 玉音の風邪がぶり返したことは、前回書いた。
 その時点では、目鼻だけだったのだが、実はその後、玉音は熱を出した。
 育児経験の乏しい私にとっては、怒涛の一週間だった。以下、その記録を書く。
 なお、今回は、きちんと文章を作っている時間的余裕がないので、単なる経過報告である。ヒネリもオチもないことを、あらかじめお断りしておく。
 
 
 玉音の目のウルウルに気付いて、病院に連れて行ったのが、十一月二日の日曜日。
 そのときは、目薬と「メニにゃん」という、ほとんどサプリメントに近いような、ご飯に混ぜて食べさせる内服薬が出た。それも、
「一日に一本(一包)か、半分でもいいですよ。」
というくらいの、気軽なものであった。
 が。
 翌日は祭日であったが、その辺りから、食事への食い付きが悪くなった。せっかく「メニにゃん」を混ぜても、半分以上残す。
 匂いが分からないからだろう、と、思った。しかも、鼻の奥に粘度の高い鼻水が絡んでいるためか、食べている途中に息苦しくなるようなのだ。
 だが、きちんと食べてくれないことには、薬も入らない。困ったものだ。
 祭日は病院も休診である。なので、火曜日、仕事の休憩時間にでも病院に電話して、今もらっている点眼薬を、点鼻にも使っていいか、訊いてみようと考えた。
 ところが。
 その火曜日朝。
 全く口をつけなくなった。
(アウトだ…。)
 連休明けの月初という、間違いなく忙しいはずの日であったが、職場に電話して午前中だけ休みをもらい、病院に連れて行った。
「一昨日会ったばかりなのにねえ。」
 体温を測ってもらい、そこで発熱が発覚。39.9度だったと記憶している。
 さらに、
「脱水してますね。ほら、瞬膜が出てるでしょ。」
 確かに。だが、それが脱水のサインだとは知らなかった。
「こりゃ、苦しいわ。これじゃ、食べられないわねえ。ほっとくと肺炎になるわ。」
 と、いうわけで。
 抗生剤の注射と、補液をしてもらい、
「とにかく、食べられる物を食べさせてください。食べないと弱っちゃう。」
 そう言って、「リカバリーサポート」の缶詰を一つと、「モンプチ」を二袋、渡された。
 余談であるが、最近の「モンプチ」は、タイトルが凄い。ちなみに、いただいた二袋は、
「鴨肉のグリル 〜プロバンス風ソース仕上げ〜 トマト・オリーブ入り」
と、
「チキンのロースト 〜ラタトゥイユ風ソースを添えて〜 トマト・なす入り」
である。
「いや、なすは要らないんだけど。」
 先生が苦笑する。「なす」がツボだったらしい。
「私たちだって、こんなのめったに食べられないですよねえ。」
 助手さんも、しみじみ言う。
 だが、なぜそこで、「モンプチ」が出てくるのか。ご馳走だから食欲をそそるという意味だろうと思ったのだが、家でよくパッケージを読んでみて、初めて気が付いた。
「モンプチ」って、実は総合栄養食だったんですね。
 私の中では、「モンプチ」は「猫を甘やかすための贅沢品」という分類だったので、どうせ一般食だろうとタカをくくっていた。
 だが、そうではなくて、栄養的にも良いから動物病院に常備されているのか。何となく、合点がいった。
 なお、この日は、フードだけでなく、飲み薬も出ている。
「今日は注射をしましたから、明日、ごはんを食べられるようなら、薬を飲ませてください。食べられなかったら、また注射しますから、連れてきて下さい。」
 飲ませる、といっても、例によってご飯に混ぜる方式を想定している。
「ごはんを食べなかったら連れてくるように」は、単に、私に錠剤を単独で飲ませる能力がないことを見込んでの話なのだろうか、という疑念が、ちらりと頭をかすめた。
 だとしたら、ありがたいような、情けないような…。
 
 
 そうは言っても、やはりこの場合、リカバリーサポートの方が優先だろう。
 なので、モンプチはとりあえずお預けで、缶詰を開けた。
 この缶詰、原材料が「牛肉、鶏レバー米粉、etc…」となっている。
 レバー好きの私にとっては、実においしそうな匂いがするのだ。
 療法食だから、機能重視で美味しくなさそうなものが出てくるだろう、と、それも思い込みだったのだが、見事に裏切られた。
 が。
 やはり、食べない。
 そこで、病院で教わったとおり、お湯で伸ばして、シリンジで口に入れるという方法になった。
 私にとっては、初めての経験である。
 いやいやする玉音を捕まえて、錠剤を飲ませる時の要領で口を開けさせながら、ぎこちなくドロドロのフードを流し込む。狙いが外れて、玉音もフードだらけになるし、壁に飛ばしたり、自分の服につけたり。せっかくシリンジの先を玉音の口に押し込んでも、こんどはシリンジを詰まらせて出てこなかったり。吸い上げに失敗したり。
 いやはや、初心者は大騒ぎである。
 そして。
 このほかに、点眼と点鼻がある。
 日曜日にいただいた目薬を、点眼・点鼻薬として使う。こちらは、アタゴロウで経験済みなので、それほど苦労せずに何とかなる。
 あとは、寒くしないこと。
 油断して、湯たんぽだけで済まそうとしたのがいけなかったのだ、と、密かに反省し、病院から戻った後、玉音をケージに戻しておいて、コンビニにホカロンを買いに走った。
 私自身は、このところ、ホカロンを使うようなことがなかったので、久々に購入したのだが、これもパッケージをしげしげと眺めてみて、初めて知った。
 貼らないタイプのホカロンって、二十時間も保温するんですね。
 凄いなあ。
 そう。最初から、ホカロンを使っていれば、こんなことにはならなかったのだ、多分。
 
 
 水曜日。
 食べない。
 温めて出すと、一応、食べそうなそぶりは見せるのだが、結局口をつけない。
 仕方なく、またシリンジで食べさせ、職場に電話して再び午前休み。病院に連れて行き、注射と補液をしてもらう。
「まだ、熱ありますね。瞬膜も出てるし。」
「何だか、痩せてきたような気がするんですけど。毛ヅヤも悪いし。」
 実際、日曜日には1,150グラムあった体重が、火曜日には1,000ジャスト、今日は995くらい。まあ、昨日と今日は誤差の範囲内としても、すでに触った感じが、ゴツゴツしてきているのだ。
 先生は玉音に聴診器を当てて、
「気管支炎をおこしかけてるかな。仔猫は油断すると危ないからね。」
 そして今度は、試供品だという「脱水ケアゲル」をいただいた。細長いパック三本入り。
「仔猫だから、一日に一本が目安ね。同じようにシリンジであげて。」
 一本なら、一回で飲めそうな量である。
「できるだけ水分をとらせてください。脱水が怖い。」
 そして、
「明日も連れてきてください。同じくらいの時間になりますか?」
 あれれ。今度は「連れてきて下さい」になっちゃった。
 昨日より悪いってこと?一応、食べようとはしたし、熱も若干下がったのに。
 と、思ったら、そうではなくて、明日は休診日なのだった。わざわざ、玉音のために開けてくれるらしい。申し訳ない気持ちになった。
 
 
 病院から戻って、会社に行く前にミルクを飲ませ、
 退勤して家に着くと、リカバリーフードをお湯で伸ばしたものを食べさせ、
 一〜二時間経って、お腹が落ちついたら、「脱水ケアゲル」を飲ませ、
 寝る前に、ミルクを飲ませる。
 その都度、点眼と点鼻。
 
 

  
  
 木曜日。
 食べた。
 朝、私が部屋に入ったときから、催促するかのごとく、ベッドから出て動き回っていた。瞳も輝きを取り戻したように見える。
「食べました。」
と、「休診中」の札をかけた診察室で待っていてくれた先生に言うと、
「食べた?よかったぁ。」
「自分から食べたのは少しですけど。あと、カリカリも欲しがったんで食べさせたんですが、大丈夫でしょうか。」
「いいです。欲しがるものをやってください。」
 お腹を触って、
「うん。お腹もいっぱい入ってる。」
 体重も、再び1キログラムを超えた。
瞬膜は…ああ、まだちょっと出てますね。まだ微熱もあるし。」
 そして、いつもの注射。
「このまま食べられるようなら、明日は連れて来なくていいです。飲み薬を飲ませてください。脱水に注意して。まだ油断は大敵ですよ。」
  
 
 病院から帰って、ミルクを飲ませ、午後は会社へ。
 帰宅すると、お湯で伸ばしたリカバリーフードを食べさせ、ひと段落して、「脱水ケアゲル」。
 寝る前にミルク。
 フードは、一応口をつけるものの、全部は食べられないので、途中からシリンジ。
 ミルクはシリンジ。ゲルもシリンジ。
 カリカリは、病院から試供品でもらった「消化器サポート」を出しておくと、いつのまにか何となく食べてある。
 そして、点眼・点鼻。
 困るのは、膝にのせているうちに、私が眠くなって、ついうとうとしてしまうこと。
 玉音自身は、嬉しそうに私の腕に顎をのせて、ゴロゴロ言っている。
 
 
 金曜日。
 朝は、お湯で伸ばしたリカバリーフードと、ミルク。
 帰宅して、同じくリカバリーフードと、ミルク。ゲルは昨日で終わり。
 寝る前にミルク。
 いずれも、お皿とシリンジ併用。
 合間に、「消化器サポート」も少しずつ食べている。
 食事とセットで、点眼と点鼻。
 
 
 土曜日。
 玉音が我が家に来てから、初めて病院に行かない週末である。(その分、平日に行っているわけだが。)
 フードはほぼ、自分で食べるようになってきた。
 ミルクはシリンジ。朝・昼・夜・寝る前と四回。
 自分で食べられるのだから、ミルクだって飲めるはずなのだが、脱水対策で強制的に飲ませる。ご存知のとおり、ミルクは皿に出しっぱなしで冷めてしまうと、固まってしまうからである。
 鼻水はもう出ていない。目も綺麗になった。くしゃみはたまにする。
 そして、元気になった。ケージの中で、編みぐるみネズミのコーズケノスケを抱えて蹴り蹴りしている。
 脱走さえ企てた。
 飲み薬は八日分。木曜日の夜から飲ませ始めたので、次の木曜日分までである。そのころには、くしゃみも治まっているだろう。先生からOKが出たら、早くアタゴロウたちのいるリビングに移したい。
 アタゴロウのやつ、玉音を隔離したら、またこちらを気にし始めたのだ。
 
 
 そして、今日。
 今日は、シリンジを使っていない。ついに、シリンジ卒業である。
 玉音は、ケージの中で暴れている。
 リカバリーフードもモンプチも食べ終わったので、今日の夜から元の「カルカンこねこ」に戻っている。それで気が付いた。
 あれ?どさくさに紛れて、前より食べる量、増えてない?
 ついでに、オシッコの量も増えたような気がする。そういえば、ウンチも。
 手触りのゴツゴツ感が少なくなり、毛並みもふっくらに戻ってみたら、当初は大きすぎると思ったベッドが、いつの間にか、結構快適なサイズになっている。病気しながらも、こいつ、着実に成長していたのだ。
 目が綺麗になったせいばかりでない。顔つきも、すっかり猫らしくなっている。
 
 
 玉音ばかりではない。
 私自身。
 シリンジでどろどろフードを食べさせながら、ある日、ふと気付いた。
 これって、もしかして、よく聞く「強制給餌」ってやつ?
 まさか、自分がやるとは、思ってもみなかったよ。
 そう。最初は苦労した強制給餌だったが、だんだんコツが分かってきた。
 前足で抵抗するので、最初からタオルでぐるぐる巻きにしておく。
 投薬の時のように顎関節をつまむのではなく、飲みこんだ後、少し経って、口をモニョモニョさせたタイミングで、横からシリンジを軽く押し込めば、自然に口を開ける。(これは玉音だけかもしれないが。)などなど。
 一度に流し込む量も、だんだん分かってきた。
 ついでに言えば、「ごはんに混ぜていい」と言われた薬だが、実は、今は普通に飲ませている。今のところ、一度で成功しなかったのは一回だけ。
 点眼・点鼻に至っては、ほぼ一発で終わる。
 やるじゃん、自分。
 思えば、実家にいたころは、私は何もできなくて、こうしたケア関係は全部、姉にやってもらっていた。でも、今は、投薬・点眼点鼻・強制給餌、全部できるようになったのだ。と言っても、チビでおとなしい玉音が相手だからで、ダメちゃんレベルになったら、全く自信はないのだけれど。
 そういえば、皮下補液も、亡きミミさんで経験済みである。
 そこで、ふと思う。
 今だったら、もう少し上手に、補液もしてあげられたかもしれない。
 ごめんね、ミミさん。何度も痛い思いをさせて。いつまでも上手くならなくてごめんね。
 
 
 もちろん、こうしたことは、やらないで済むに越したことはないのだが、いざと言う時のために、経験しておくのは悪いことではない。
 仔猫を自分で拾うと、勉強になるなあ。
 後は、シャンプーが出来るようになれば、「猫ケア初級」のライセンス取得できるかも、なんて。
 
 
 だが。
 
 
 すっかりやる気になって、シャンプー剤とノミ取り櫛を買ってスタンバイしていた玉音のお風呂であるが、よく考えたら、今回の発熱騒ぎで、もう散々、膝に乗せたり、抱っこしたり、すでにしちゃったのだ。
 今さら、お風呂に入れることに何か意味があるのかなあ。
と、玉音のフカフカ毛皮を撫でながら、未開封のノミ取り櫛を眺めて考えている、今日この頃である。